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メッセージ : 後戻りさせられて・・・(創世記13章1〜18節)
投稿者 : webmaster 投稿日時: 2017-02-19 06:00:00 (68 ヒット)

 創世記13章1節以下にはアブラム(後のアブラハム)一向がエジプトを出て、再びネゲブ地方へ上った。つまり、後戻りしている様子が記されています。私たちの人生も後戻りさせられるようなことが度々あります。アブラムも後戻りさせられました。あのエジプトでの失敗(12章10〜20節参照)。そういうアブラムでしたが、3、4節に書かれていることは印象深いものです。「ネゲブ地方から更に、ベテルに向かって旅を続け、ベテルとアイとの間の、以前に天幕を張った所まで来た。そこは、彼が最初に祭壇を築いて、主の御名を呼んだ場所であった」。ここに書かれていること、それはアブラムが最初に祭壇を築いたところ、それがベテルとアイの間の地であった、ということです(12章8節参照)。
 そこに再びやって来た、ということはどういうことでしょうか?4節には「そこは、彼が最初に祭壇を築いて、主の御名を呼んだ場所であった」とありますが、おそらく、そこでアブラムは再び、主のみ名を呼んだのではないでしょうか?つまり、そこで神様を礼拝した。エジプトで神様のみ心から外れた生き方をしてしまったアブラム。けれども神様はそのことを示してくださり、後戻りさせてくださったのです。アブラムは一からやり直すことができたのです。そして、アブラムは神様を礼拝し、再出発を始めることができたのです。
 神様から罪を示されること、生き方の間違いを示されること・・・。それは私たちにとっては、痛いこと、辛いことです。けれども、罪のまま放置されるよりは、間違った道をどこまでも突き進むよりは、はるかに良いことです。滅びの道を進むのではなく、命の道へと修正させていただけるのですから。アブラムは神様に悔い改め、神様に感謝をささげたのではないでしょうか?そして、私たちの毎週の礼拝も、いえ毎日の歩みも、神様への感謝と悔い改めです。



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