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礼拝 : キャンドル・サービス 2010年12月24日
投稿者 : webmaster 投稿日時: 2010-12-29 08:59:53 (893 ヒット)

 

     
 
19日のクリスマス礼拝に続いて、24日夜7時〜キャンドルサービスが行われました。

100名近い参加者を得て行われた礼拝は、厳かな雰囲気の中にも、
今宵み子イエス・キリストがお生まれになったという喜びにあふれるものとなりました。

聖書朗読と会衆讃美が交互に行われ、聖歌隊讃美、ハンドベルクワイヤ、宣教と
プログラムが進みました。

聖書の伝えたメシアの来臨が、粗末な飼い葉おけの中に生まれた
か弱き乳飲み子の上に実現されたとは!

天使の知らせを受けた羊飼いたちは、急いでその出来事を
確かめに出かけ、み子イエスに出会って喜びあふれ、
神を賛美しました。(ルカ2:20) 
東方の博士たちは長い旅路を続けてようやく幼子に出会い、
喜んでこの幼子にひれ伏し拝み、携えてきた宝の数々を
ささげました。(マタイ2:11)

当時の人々の考えによれば、女性や、ましてや か弱き赤児など、
取るに足らない、数のうちにも入らない者・・・だったはず。

その乳飲み子を、彼らはメシア(救い主)として、王として迎えたのです。
聖書の伝えた言葉を信じて・・・。

神のひとり子が、か弱き幼子の姿で私たちのところにおいでになるということが、
私たちすべての人に救いをもたらすための神のご計画であったとは、
ほんとうに驚くべきことです。
それは、人の思いや常識、考えをはるかに超えたものですね。

《キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しよう
とは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、
人間と同じ者になられました。
人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、
それも十字架の死に至るまで従順でした。
・・・・・・こうして、・・・・・
すべての舌が「イエス・キリストは主である」と公に宣べて、
父である神をたたえるのです。》
聖書 フィリピ2:6〜11



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