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聖書の画像 板橋の教会

もう一つのたとえを聞きなさい(マタイ21章33~46節) 【週報巻頭言】2026年3月29日

イエスさまは、このたとえ話を語られる時、「もう一つのたとえを聞きなさい」(マタイ21章33節)と言われ、語り始められました。このたとえ話では、祭司長たち、ファリサイ派の人々に向かって、「聞きなさい」と言われましたが、それだけでなく、この言葉を読む私たちに向かっても語られているのではないでしょうか。ですから、私たちは、聖書の言葉を他人事のように、第三者のようにして聞くことはできないのです。

祭司長たち、ファリサイ派の人々は、イエスさまから自分たちが問われているのに、他人事のようにしてイエスさまのたとえ話を聞いていました。自分たちがたとえ話に出てきた農夫たちのようなことをしてきたのに、そのことには何も気づいていませんでした。私たちも、農夫たちのような者です。なぜなら、私たちは、ぶどう園、つまり、この世界をお造りになり、支配しておられる方である神さまを、その方のみ子イエスさまを無視して、いないかのようにして、自分が主人であるかのようにして生きてきた者だからです。いいえ、私たちはイエスさまを信じた今もなお、そのように生きてしまうことがあるのではないでしょうか。

そういう私たちは神さまの前に立つ時、一人の罪人であることを認めなければなりません。聖書が、罪人という場合、人と比べて、正しいとか、悪いということを言っているのではありません。また犯罪を行ったことがないから罪がないという話でもありません。神さまを前にして、神さまに対して、私たちはどうなのかということが言われているのです。しかし、そういう私たちを神さまは裁くことをなさらず、そのみ子であるイエスさまをお遣わしになりました。そして、この方は、私たちが受けるべき罪の裁きをご自分が私たちに代わって受けられたのです。それがイエスさまが十字架にかかってくださったことの意味なのです。

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