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主にふさわしく歩む(コロサイ1章9〜23節)

 「すべての点で主に喜ばれるように主に従って歩み」(コロサイ1章10節)とありました。神様に喜ばれるように、とあります。口語訳聖書では「主のみこころにかなった生活をして真に主を喜ばせ」とありました。新改訳2017と聖書協会共同訳ではほとんど同じ言葉で訳されていました。「主にふさわしく歩んで、あらゆる点で主に喜ばれ」。すっきりした言葉で訳されています。主にふさわしく歩む。これは神様に造られた者にふさわしく、とか、神様に救われた者にふさわしく、という意味で考えることができます。
 旧約聖書・創世記の最初のところに神様が人間を造られた箇所が記されています。そこには「神は御自分にかたどって人を創造された」(創世記1章27節)とあり、「神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった」(同31節)とありました。私たち人間は神様にかたどって、これは神様のご性質、ご意志を表わす存在として創造された、という意味です。そして、極めて良かった、ともあります。ところが、私たち人間は創世記3章にありますように、原罪、根本的な罪を犯したというのです。それは私たちをお造りになった神様を無視して、自分が神のようになってしまった、ということです。私の人生の主人はだれでしょうか?皆さんは何と答えるでしょうか?私は私だ!私の人生の主人、中心は自分。それが神様を無視した生き方です。しかし、今日の聖書は語っています。主にふさわしく歩むように。神様に造られた者、神様に救われた者にふさわしく歩むように。私たちの人生の主人は、中心は神様です。

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