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【礼拝説教】2021年11月28日「私たちは神の神殿」

聖書―コリントの信徒への手紙一3章10~17節
(はじめに)
 私たち赤塚バプテスト教会は同じ日本バプテスト連盟に連なる諸教会と一緒に力を合わせて福音宣教(伝道)を行なっています。その働きを「協力伝道」と言います。福音宣教はどうやったらできるのか?というと、三つのことが言えると思います。まず、第一に、祈る、ということです。イエスさまの福音が宣べ伝えられますように、イエスさまが人々の心に臨んでくださり、その心が開かれ、イエスさまを受け入れるように、祈ることです。第二に、伝える、ということです。自分自身が実際に人々にイエスさまの福音を伝えていく。私たちにとって身近な人たち、家族や友人に福音を伝えていくのです。私たちの口、手足、つまり、言葉、生き方、生活を通して福音を伝えていくのです。そして、第三に、ささげる、ということです。今日、私たちは世界バプテスト祈祷週間の礼拝で世界各地に遣わされていった方々の働きの様子のレポートを知りました。私たち自身はカンボジア、インドネシア、シンガポール、ルワンダに一緒に行き、一緒に働くことはできませんが、献金をささげることによって、宣教に参加することができるのです。イエスさまの福音が世界中に、日本中に宣べ伝えられ、イエスさまと一緒に人生を歩む人たちが起こされますように、祈り、伝え、ささげていきましょう。

(聖書から)
 今日お読みしました聖書では、パウロがこのように言っています。
3:10 わたしは、神からいただいた恵みによって、熟練した建築家のように土台を据えました。そして、他の人がその上に家を建てています。ただ、おのおの、どのように建てるかに注意すべきです。3:11 イエス・キリストという既に据えられている土台を無視して、だれもほかの土台を据えることはできません。
 「神からいただいた恵みによって、熟練した建築家のように土台を据えました」。ここでパウロが言っていることは何かというと、16、17節に出てきます「神の神殿」ということです。パウロは神さまの神殿を建てることに励んだ、というのです。神さまの神殿というのは何かというと、16節に「あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいる」とあります。これは教会のことです。つまり、パウロは教会を建てることに励んだ人だったのです。
 教会を建てる。そのことをパウロは建物の建設に例えて語っています。建物を建設するとき、大事なことは土台です。土台がしっかりしていなければ、その建物は何かあったら、すぐに壊れてしまう、崩れてしまいます。パウロは神さまの神殿、教会の土台に何を据えたかというと、イエス・キリストを据えた、と言っています。
 続く12節には、このようなことが語られています。
3:12 この土台の上に、だれかが金、銀、宝石、木、草、わらで家を建てる場合、3:13 おのおのの仕事は明るみに出されます。かの日にそれは明らかにされるのです。なぜなら、かの日が火と共に現れ、その火はおのおのの仕事がどんなものであるかを吟味するからです。3:14 だれかがその土台の上に建てた仕事が残れば、その人は報いを受けますが、3:15 燃え尽きてしまえば、損害を受けます。ただ、その人は、火の中をくぐり抜けて来た者のように、救われます。
 キリストという土台を据えた教会、その教会の働きがかの日、これは終わりの時ということです。その日には問われるというのです。このように言われますと、ドキッとするかもしれません。私はこれまで牧師としてどれだけの働きをしてきたのだろうか?と考えると、心が重くなります。この福音宣教の働き、それぞれが苦闘しているわけですが、「だれかがその土台の上に建てた仕事が残れば、その人は報いを受けますが、燃え尽きてしまえば、損害を受けます」(14、15節)とあります。土台の上に建てた仕事が残る場合、そして、燃え尽きてしまう場合もある、というのです。成果として残るもの、残らないもの、ということでしょうか?しかし、15節にはこのようなことが言われています。「ただ、その人は、火の中をくぐり抜けて来た者のように、救われます」。その働きは燃え尽きてしまったかのような、成果がなかったかのように思えても、主の働きに励んできたその人に与えられた救いは変わることがない、というのです。成果があった人は救われて、成果がなかった人は救われない、ということではない、というのです。パウロ自身、福音宣教の働きに励んできて、成果があったこともあれば、成果がなかったこともあったでしょう。ある時は喜びに満ちあふれ、またある時は意気消沈したこともあったでしょう。しかし、私に与えられている救いは変わることがない。このことがパウロ自身の慰めであったと思います。

(むすび)
 世界各地で福音宣教に励んでおられる方々、また私たちも励んでいますが、目に見えての成果というものはどうであるかは分かりません。しかし、福音宣教というのは、互いに優劣を競い合ったりするようなものではありません。また福音宣教に成功したとか、失敗した、と自分自身で決めるものでもありません。それらのことはみんな神さまにお委ねして、私たちはひたすら、神さまの言われることに従っていくのです。16節には「あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいる」とありましたように、私たちは神さまの霊が住んでいる神さまの神殿です。神さまの霊、聖霊の働きによって福音宣教が前進していくように祈っていきましょう。また福音宣教は神さまが私たち教会に託された大切な働きです。神さまが私たちに福音宣教を託されたその言葉をお読みします(マタイ28章18~20節)。
28:18 イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。28:19 だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼(バプテスマ)を授け、28:20 あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」
 福音宣教は私たちの力ではなく、神さまの力で行なわれるものです。そして、福音宣教は、今日の聖書の初めの言葉で、パウロが「わたしは、神からいただいた恵みによって」と語っていましたように、私たちが神さまの救いの恵みに動かされて、行なうものです。まず、私たちが主の救いを喜びましょう。そして、喜びの心から伝えましょう。お祈りします。

祈り
恵み深い主なる神さま
 今日は世界バプテスト祈祷週間の特別の礼拝を行なっています。イエスさまが私たち教会に託してくださった大切な働き、福音宣教のために祈り、伝え、ささげていきます。各地で福音宣教に励んでおられる方々を支え、用いてください。全世界の人々がイエスさまを主と信じ、礼拝し、神さまの愛と義に生きる者となりますように導いてください。
 今日からアドベントです。神さまは私たちを救うために、ご自分の大切な独り子イエスさまをこの世に、私たちのもとにお送りくださいました。その出来事を記念するクリスマスに備える期間を過ごしていきます。イエスさまが私の救い主であることを知り、信じ、聖書が示す本当のクリスマスを体験する方々がありますように。
私たちの救い主イエス・キリストのみ名によってお祈りします。 アーメン

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