私たちの間に宿られた方(ヨハネ1章1〜18節)
「いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである」(18節)。神様を見た者はだれもいません。しかし、神様は御自身の独り子であるイエス様によって神様を示されました。私たちは人々に神様をお伝えする時、どうするかというと、イエス・キリストをお伝えするのです。私たちの日々の生活は悩み苦しみの毎日です。しかし、14節には「言葉は肉となって、わたしたちの間に宿られた」とあります。イエス様は人となって来られ、私たちの間に宿られた。この「宿られた」というのは、幕屋を張るということ、テント暮らしをされた、ということです。私たちのためにこの世に旅人として、寄留者としてお出でになったということです。そして、私たちの様々な人生の重荷、悩みをすべて知られ、共に担っておられるのです。そのような神様が私たちの神様です。そのような神様だから、私たちは苦しみ、悩みの中にあっても、慰めを受け、立つことができるのです。どうか、これからも私たちの間に宿られたイエス様と共に歩んでまいりましょう。このイエス様をお伝えしましょう。
この記事へのコメントはありません。