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災いがあっても(詩編34編16〜23節)

詩編34編20〜22節には災いがテーマで語られています。災いについて言いますと、良いことを行なえば、災いはなく、悪いことを行なえば、災いが起きると私たちは普通考えるのではないでしょうか。罰当たりという言葉を使う人もいます。しかし、20節にはこういうことが記されています。「主に従う人には災いが重なる」(20節)。
神様を信じていれば、災いは起きない。そう考えている人はがっかりするかもしれません。信じたら悪いことは起きません、と言う宗教がありますが、それは本当でしょうか?ただ、災いはだれにでも起きますが、そこで終わりではないのです。「主に従う人には災いが重なるが/主はそのすべてから救い出し 骨の一本も損なわれることのないように/彼を守ってくださる」(20、21節)というのです。災いは起きるけれども、そこから主は救い出し、守ってくださるというのです。
ここには詩編119編72節の言葉と同じ響きを感じます。「苦しみにあったことは、わたしに良い事です。これによってわたしはあなたのおきてを/学ぶことができました」(口語訳)。災い。それは私たちにとっては苦難、苦しみ。しかし、そのことを通して、神様の言葉を学ばされるというのです。神様の恵みを教えられるというのです。苦しみ、苦難、そのただ中でも立って行ける、生きていける、神様の力を、神様の恵みを知らされるのです。

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