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与えられる神の義(ローマ3章21〜31節)

「神の義」ということについて、ローマの信徒への手紙3章22節にこのように記されています。「イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義」。「神の義」ということ、神様の正しさ、あるいは神様との正しい関係、それは与えられるものだというのです。律法を、神様の掟を守ることによって、人は正しい者とされる。そのような生き方、考え方に対して、そうではない。人はイエス・キリストを信じることによって義とされる。正しい者とされる、と聖書は語っているのです。
私たちは自分の正しさということは自分の生き方などによって勝ち取るもの、人に認めさせるものと考えるのではないでしょうか。しかし、ここには神様が与えてくださる、とあります。自分がこういう立派なこと、素晴らしいことを行なったから、言ったから、私は正しいとされた、認められた。そうではないのです。イエス・キリストを信じることによって。マルチン・ルターは「イエス・キリストを信じることによってのみ、人は義とされる」と言っています。だれか尊敬するあの人やこの人を信じてもダメです。イエス・キリストを信じることによってのみ、義とされるのです。「与えられる神の義」とありますから、それは自分の力で獲得するのでなく、与えられるというのです。
 24、25節にはその私たちに義をもたらすイエス・キリストが私たちのためにどんなことをしてくださったかが記されています。「ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。神はこのキリストを立て、その血によって信じる者のために罪を償う供え物となさいました。それは、今まで人が犯した罪を見逃して、神の義をお示しになるためです」。
なぜ、イエス・キリストを信じることによって義とされるのか。それはイエス・キリストが私たちすべての者を罪から救うためにご自分の命を献げてくださったからです。イエス・キリストは私たちを、この私を救うために十字架にかかってくださった。ご自分の命を献げて、私たちを救ってくださったのです。そして、私たちは義とされた。「神との正しい関係」(共同訳)が与えられた。神様との関係に生きる、神様と共に生きる者とされたのです。

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