何を聞き、何を語るか(コロサイ4章2〜6節)
「時をよく用い、外部の人に対して賢くふるまいなさい。いつも、塩で味付けされた快い言葉で語りなさい。そうすれば、一人一人にどう答えるべきかが分かるでしょう。」(コロサイ4章5、6節)
「外部の人」とあるのは、まだ教会に加わっておられない人たち、イエス様に出会っておられない人たちのことです。その人たちに対して、「時をよく用い」というのは、機会を見つけては、イエス様との出会いに導くように努めることが言われています。また「塩で味付けされた快い言葉で語」るように、とありました。塩で味付けされた、と言いますと、料理で言うならば、美味しいということになるでしょう。塩で味付けられた快い言葉。別の箇所ではこのようなことが書かれています。
「悪い言葉を一切口にしてはなりません。ただ、聞く人に恵みが与えられるように、その人を造り上げるのに役立つ言葉を、必要に応じて語りなさい。」(エフェソ4章29節)
この聖書の言葉と併せて読んでみますと、塩で味付けられた快い言葉というのは、私たち自身が神様の言葉にいつも触れ、生かされ、そこから、出てくる言葉であると思います。私は神様に愛され、生かされている。その喜びを日々、味わっている人は語る言葉が違ってくると思うのです。私も自分が普段、どんな言葉を話しているだろうか、と振り返りますと、批判的な言葉や否定的な言葉を話していることがいかに多いことでしょうか。そして、そのような時、自分自身の心が神様の言葉から、神様の心から離れていないだろうか、と反省させられます。私たちがまず聞くべき言葉、第一にすべき言葉、それは神様の恵みの言葉です。
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