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【巻頭言】2020年10月11日 明日を守られる方(フィリピ1章12~26節)

フィリピの信徒への手紙1章20節以下には生きること、死ぬことについての言葉が語られています。

「わたしにとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです。けれども、肉において生き続ければ、実り多い働きができ、どちらを選ぶべきか、わたしには分かりません。」(フィリピ1章21、22節)

「生きるとはキリスト」。新共同訳聖書の小見出しには「わたしにとって、生きるとはキリストを生きること」とありました。パウロは囚われの身にありました。福音宣教の働きに励んできましたが、心身共に疲れを覚えることもあったと思います。このまま生き続けて、福音宣教に励んでいくか。この世を去って、永遠にイエスさまと一緒にいるか。生きるか死ぬか、どちらにしても、私にとっては、恵みであるけれども・・・と考えていたようです。22節に「どちらを選ぶべきか、わたしには分かりません」とありました。どちらを選んだらよいか分からない、というと、何か迷っているように思えますが、そういう意味でパウロは言っているのではないのです。本当に私には分からない、と言っているのです。この先、私は生き続けることができるのか、死んでしまうのか分からない。それは自分が決めることではない・・・。これは私たちも同じですね。自分の身がどうなるのか、先のこと、明日のことは私たちには分かりません。私はそういうことを考えながら、一つの賛美歌を思い出しました。

明日はどんな日か  私は知らない

晴れか、嵐か、曇りになるか

私は明日を心配しない    イェスが私をまもられるから

明日は私にはわからないけど

明日を守られるイェスがおられる

明日を守られるイエスさま。私たちには明日のこと、先のことは分かりませんが、明日のこと、先のこと、すべてをご存じの神さまに自分をお任せしていきましょう。神さまが最善をなさることを信じて歩みましょう。

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