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【礼拝説教】2021年10月3日「最後まで耐え忍ぶ者」

聖書―マルコによる福音書13章1~13節
(はじめに)
 私たちの教会は今年の春、会堂のリニューアル工事を行いました。そして、夏には礼拝堂の講壇と長椅子を新しくしました。このようにして会堂が整えられることは牧師としては大変嬉しいことであり、また身の引き締まる思いがします。今日お読みしました聖書の中には、イエスさまの弟子の一人がイエスさまにこのように言っていることが印象的です。「先生、御覧ください。なんとすばらしい石、なんとすばらしい建物でしょう」(1節)。エルサレムの神殿の素晴らしさをイエスさまに話しています。私もイエスさまに向かって、この会堂について、「教会のみんなでささげてリニューアルした会堂です。講壇も長椅子も新しくなりました。何と素晴らしいことでしょう」と言いたい気持ちです。
 イエスさまは一人の弟子の言った言葉に対して、このようにお答えになりました。「これらの大きな建物を見ているのか。一つの石もここで崩されずに他の石の上に残ることはない」(2節)。私はイエスさまの言われたこの言葉を読んで、「形あるものはいつか壊れる」。この言葉を思い出しました。弟子の喜びの言葉に対して、何か水を差すような言葉のように思えますが、イエスさまはどんなに立派な神殿でも永遠ではない。そのようなことを言われたのだろうか?と思いました。しかし、この後のイエスさまの言葉を読んでいきますと、どうもそういうことを言われたわけではなさそうです。では、イエスさまは何を言われたのか?そのことをこの後の言葉から聴いていきたいと思います。

(聖書から)
 イエスさまの弟子たちは、神殿が崩れるときがくる。その話を聞いて、心配になったようです。イエスさまにこのように尋ねています。
13:3 イエスがオリーブ山で神殿の方を向いて座っておられると、ペトロ、ヤコブ、ヨハネ、アンデレが、ひそかに尋ねた。13:4 「おっしゃってください。そのことはいつ起こるのですか。また、そのことがすべて実現するときには、どんな徴があるのですか。」
 神殿が崩れる日はいつなのですか?それが起こる徴、予兆はどんなものなのですか?このような質問をしています。イエスさまは弟子たちの質問に答えていますが、それが5節以下に書かれています。5節から9節に書かれているイエスさまの言われた言葉をまとめてみますと、一つは「わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがそれだ』と言って、多くの人を惑わす」(6節)とありますが、偽物の救い主が現れるということです。「私こそ、救い主だ」、そう名乗って、多くの人たちを惑わす、というのです。次に7、8節には、「戦争の騒ぎや戦争のうわさ」があるということです。さらに続いて、「方々に地震があり、飢饉が起こる」(8節)。9節には「あなたがたは地方法院に引き渡され、会堂で打ちたたかれる」とありますが、これはイエスさまを信じる人たちに対する迫害が起こるということです。
 これらのことを聞いて、弟子たちはますます心配になったと思います。しかし、イエスさまはこれらの言葉を通して、大切なことを語られました。そのことについて、これからお話しします。まず、第一のことですが、5節と9節に「気をつけなさい」ということが言われています。5節では「人に惑わされないように気をつけなさい」とあり、9節では「自分のことに気をつけていなさい」とあります。私たちは自分のことについておろそかにしてはなりません。自分の心、歩み、そのことをいつも点検しておくことが必要です。自分の身体の健康のために定期検診を受けておられる方がおられると思います。身体の点検も大事ですが、霊的な部分の点検も大事です。これは病院に行かなくてもできます。日々、聖書の言葉に聴き、祈る生活、それが霊的な部分の点検です。
 第二に、戦争や地震、飢饉のことが語られていましたが、イエスさまはこのように言われました。「これらは産みの苦しみの始まりである」(8節)。産みの苦しみ。産みの苦しみというと、お母さんがお子さんを産むときのことを考えますが、ここで言われている産みの苦しみ、いったい何が産まれることを言っているのでしょうか?それは神さまに救われる人が産まれることを言っているのです。そのことで言うならば、私たち教会はいつも産みの苦しみをしています。それはしんどいことですが、いつか産まれる、救われる人が産まれる。その希望を持って、祈り続け、福音を伝え続けていきましょう。
 第三に、イエスさまは10節でこのようなことを言われています。「しかし、まず、福音があらゆる民に宣べ伝えられねばならない」。イエスさまはご自分がこの世においでになったことについて、このように語っておられます。「近くのほかの町や村へ行こう。そこでも、わたしは宣教する。そのためにわたしは出て来たのである」(1章38節)。イエスさまははっきりとご自分の使命について語っておられます。福音を宣べ伝える。このことのために私は出てきた、と言われました。そのイエスさまが今日お読みしましたこの箇所でも、「まず、福音があらゆる民に宣べ伝えられねばならない」と言われました。これはイエスさまの使命であり、イエスさまの弟子たちの使命でもあるのです。すると、イエス・キリストを主と信じる私たちの使命でもあるのではないでしょうか。福音があらゆる人々に宣べ伝えられるために励んでいきましょう。
 第四のこととして、11節をお読みしますと、「引き渡され、連れて行かれるとき、何を言おうかと取り越し苦労をしてはならない。そのときには、教えられることを話せばよい。実は、話すのはあなたがたではなく、聖霊なのだ」とありました。迫害によって、引き渡され、連れて行かれるようなことがある。しかし、何を言おうかと取り越し苦労してはならない、というのです。なぜなら、「そのときには、教えられることを話せばよい。実は、話すのはあなたがたではなく、聖霊なのだ」というのです。ここで言われていること、それは福音を宣べ伝えるというのは、私たち人間の力によるものではない、ということです。それは聖霊の助けによるということです。ですから、私たちは人々に福音を宣べ伝えようとする時、聖霊の助けを求めるのです。聖霊の助けを求めて祈るのです。
 昨年の夏から、祈祷会が再開されました。その際、祈祷会の新しい出席の仕方として、インターネットでも出席できるようにしました。Zoom(ズーム)というインターネットのサービスがあるのですが、それを使いました。すると、祈祷会の出席者が二十名近くになりました。コロナ禍にあって、教会に集まることが難しくなっている今、このような方法で、多くの方々と祈りを合わせることができることは何と素晴らしいことでしょうか。ある方は祈祷会というのは、祈りというのは、自動車のガソリンを入れるようなものだ、と言われました。自動車はガソリンを入れないとガス欠になって走ることができません。それと同じように、私たちも神さまに祈り、聖霊の助けをいただいて福音宣教に励むのです。聖霊の助けを求めて、一緒に祈りを合わせて歩んでまいりましょう。

(むすび)
 神殿の素晴らしさをイエスさまに話した弟子のことから、今日の聖書は始まりました。神殿の立派さに心を奪われ、建物さえしっかりしていれば、私たちの信仰は大丈夫だ、そのように考える人たちもいたようです。しかし、現代の教会について、私たちのことについて考えてみますと、教会は建物が立派だったら教会として成り立つのでしょうか?そうではないことは皆さんもよくお分かりになると思います。教会はそこに集う、連なる一人一人の信仰が大事なのです。どんなに大きな、頑丈な建物の教会であっても、そこに集う、連なる人たちに信仰がなければ、教会は立ちゆかないのです。イエスさまが神殿崩壊の話をされたのは、そのことを言われるためだったのではないでしょうか。
 「最後まで耐え忍ぶ者は救われる」(13節)。今日お読みしました聖書の最後の言葉です。この「耐え忍ぶ」という言葉は、「しっかりと立つ」という意味があるそうです。ただひたすら忍耐するということだけでなく、主を信頼し、しっかりと信仰に立ち続けていくように、と主は弟子たちに言われたのです。しっかりと立つ、ということから、私はペトロとヨハネが生まれながら足の不自由な人に語った言葉を思い起こします。使徒言行録3章6節からお読みします(使徒3章6~10節)。
3:6 ペトロは言った。「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」3:7 そして、右手を取って彼を立ち上がらせた。すると、たちまち、その男は足やくるぶしがしっかりして、3:8 躍り上がって立ち、歩きだした。そして、歩き回ったり躍ったりして神を賛美し、二人と一緒に境内に入って行った。3:9 民衆は皆、彼が歩き回り、神を賛美しているのを見た。3:10 彼らは、それが神殿の「美しい門」のそばに座って施しを乞うていた者だと気づき、その身に起こったことに我を忘れるほど驚いた。
 この人を立ち上がらせたものは何だったのでしょうか。イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。主の名がこの人を立ち上がらせたのです。イエスさまの使命、そして、イエスさまから私たちに託された使命、それは福音宣教です。福音こそは人を立ち上がらせる。人を本当に生かす、人を新しく生かすものなのです。これから私たちが出会う人たちがイエスさまによって立ち上がらされていくように、福音に、イエスさまご自身に出会うように励んでいきましょう。そして、私たちも今日の箇所にありました偽メシア、戦争、地震、飢饉、迫害など、様々な試練や苦難があっても、その中で主の守りと助けを信じて立っていくことができるように主に祈りつつ歩んでいきましょう。

祈り
恵み深い主なる神さま
 神殿崩壊の話から、本当に大切なことは、この神殿、教会に連なる一人一人がイエスさまを信じる信仰に立って生きることを教えられ、感謝いたします。
 偽メシア、戦争、地震、飢饉、そして、迫害など、私たちの歩みの中では、いろいろな試練や苦難がありますが、主が共におられることを信じて、聖霊の助けによって歩ませてくださいますように。
 主は「まず、福音があらゆる民に宣べ伝えられねばならない」とご自分の使命を示され、またこのことが私たちにも託された使命であることを示されました。私たち自身が福音に、イエスさまによって立ち上がらされた者、生かされた者であることをおぼえ、その感謝と喜びから、福音を宣べ伝える者としてください。
私たちの救い主イエス・キリストのみ名によってお祈りします。 アーメン

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