いと高き神がたたえられますように(創世記14章8~24節) 【週報巻頭言】2026年2月15日
アブラムがケドルラオメルとその味方の王たちを撃ち破って帰って来たとき、ソドムの王はシャベの谷、すなわち王の谷まで彼を出迎えた。いと高き神の祭司であったサレムの王メルキゼデクも、パンとぶどう酒を持って来た。彼はアブラムを祝福して言った。
「天地の造り主、いと高き神に/アブラムは祝福されますように。
敵をあなたの手に渡された/いと高き神がたたえられますように。」
アブラムはすべての物の十分の一を彼に贈った。(創世記14章17~20節)
二人の王がアブラムと出会いました。創世記14章17節には、ソドムの王のことが、そして、創世記14章18節からは、サレムの王メルキゼデクのことが書かれています。メルキゼデクについては、「いと高き神の祭司であったサレムの王メルキゼデク」とありました。この「いと高き神」というのは、アブラムが信じている神さまのことでしょうか?サレムというのは、エルサレムのことだと言われています。メルキゼデクは神さまの祭司であり、王でした。そのメルキゼデクがパンとぶどう酒を持って来て、アブラムを祝福します。
「天地の造り主、いと高き神に/アブラムは祝福されますように。敵をあなたの手に渡された/いと高き神がたたえられますように」。ここから分かることは、神さまがアブラムを祝福されますように、ということと、アブラムの勝利は「敵をあなたの手に渡された」とあることから、神さまのなさったことであり、神さまの勝利であったことが言われています。そして、最後には「いと高き神がたたえられますように」とあるように、神さまがたたえられますように、とあります。つまり、メルキゼデクは、アブラムを祝福していますが、それは、この戦いの勝利は神さまによるものであり、神さまこそはたたえられますように、ということが言われているのです。私たちもすべてのことにおいて自分ではなく、神さまをたたえていきましょう。
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