【巻頭言】2020年6月21日 神に従う人とは?(詩編1編1~6節)
神に逆らう者はそうではない。彼は風に吹き飛ばされるもみ殻。
神に逆らう者は裁きに堪えず
罪ある者は神に従う人の集いに堪えない。
神に従う人の道を主は知っていてくださる。神に逆らう者の道は滅びに至る。 (詩編1編4~6節)
「神に逆らう者」と「神に従う人」とありました。私たちは、自分はどちらなのだろう、と思われたでしょうか?私は神さまを信じているし、神さまに従う人、これは私のことだ!そのように確信を持って、そのように言うことができるでしょうか?いいえ、自分の心の中を見つめてみると、神さまに従っている!そうとは言えない。時に神さまに逆らっていることもある・・・。
「神に従う人」、これは「正しい人」とも訳される言葉です。私たちは正しい人でしょうか?誰かと比べて、私の方が少しは正しい、と思うことがある。けれども神さまの前にはどうでしょうか?私は正しい!なんて言えないのではないでしょうか。ローマの信徒への手紙3章10節に「正しい者はいない。一人もいない」(詩編14編1~3節の引用)とあります。神さまの前には誰一人として正しい人はいないのです。
そういう私たちですが、同じローマの信徒への手紙にはこういうことも書いてあります。「ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです」(ローマ3章24節)。イエス・キリストが、神さまの前に立つ時、正しくない、罪人である私たちのために十字架にかかってくださったことによって、私たちを義としてくださった、正しい者にしてくださった、というのです。
私たちは神さまのみ子イエス・キリストによって、正しい人、神さまに従う人にしていただいた。そればかりか、神さまから永遠の命を与えられた。これが、聖書が示す幸いということなのです。そして、この幸い、それは永遠に変わらない、無くならない幸いです。これからも命を与えてくださった方の命の言葉を聞いていきましょう。
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