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救い主をお迎えしましょう(ルカ2章1〜20節)

クリスマスの聖書の箇所の一つ。マタイ福音書の占星術の学者たちのクリスマスに対して、羊飼いたちのクリスマスとでも言ったらいいでしょうか。羊飼いたちを貧しい者たちの象徴とすることには議論があるようです。彼らは普通の人、ただの人と言ったらいいでしょうか。貧しい者とはだれでしょう。主御自身が貧しくなられたのです。「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした」(フィリピ2章6〜8節)。「居場所がなかった」(7節・岩波訳)救い主。
神様が与えてくださった大きな喜び。その「大きな」という意味は変わらない、いつまでも続くといった意味で捉えられるのではないでしょうか。キリストを信じる者にとっての最大の喜び、喜びのもと、それはキリスト御自身です。そして、「民全体に与えられる大きな喜び」(10節)とありますように、この喜びはすべての人に与えられています。私たちはこの喜びを伝える大切な使命があるのです。
羊飼いたちは天使のメッセージを聞き、救い主を「探し当て」(16節)ました。求道、主御自身を探し求めることです。この方を「人々に知らせ」(17節)ました。伝道、主を伝えることです。そして、「神をあがめ、賛美しながら帰って行った」(20節)。それは礼拝であり、私たちの日々の生活は主を礼拝する生活です。
マリアの態度にも注目してみましょう。「マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思いめぐらしていた」(19節)。「思いめぐらしていた」は「その意味を思い当てようとしていた」(新共同訳注解)。その意味は何かを追い求める。私たちの人生もそういうことだらけではないでしょうか。主に尋ね歩く日々、それが信仰の歩みです。今は分からないかもしれないが、主が教えてくださるその日を待ち望みながら。

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