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目を覚ましていなさい(マタイ25章1〜13節)

灯火を灯し続けるように、油を絶やしてはならない、というたとえ話。13節には「目を覚ましていなさい」とありました。聖書の中で何度も出てくる言葉です。このことに関連して、ゲツセマネの祈りの場面を思い起こします。主はゲツセマネの園で、もう主が捕らえられる直前の時ですが、主は弟子たちに言われました。「心は燃えても、肉体は弱い」(26章41節)。別の訳では(岩波訳)「霊ははやっても、肉が弱いのだ」と訳されています。
「心」というところが「霊」と訳されています。「心は燃えても、肉体は弱い」というと、私たちの心では燃えているけれども、肉体が、体がついていかない、ということのように思えます。歳と共に気力はあっても、体力がついていかなくなった、という話を聞きます。しかし、ここで言われていることは、ただ心と体ということではありません。
ペトロはイエス様にどこまでもついていきます!と言った人物でした(26章33、35節)。しかし、主はすぐにペトロがご自分のことを知らない、と言われると語られました(26章34節)。そのすぐ後にゲツセマネの祈りがあり、主は捕らえられ、ペトロは主を知らない、と言っています。肉は弱いのです。自分の力による信仰は脆いのです。私たちもあのペトロと同様、肉の弱さ、自分の力による信仰は脆さを知らされる毎日です。だからこそ、目を覚ましていなければならない、霊の目を覚ましていなければならないのです。目を覚ましていなさい。それは、主を見つめていなさい、主を信頼しなさいと言ったらいいでしょうか。
灯火を灯し続けるのも肉の力、つまり、自分の力によることではありません。神様の力に信頼し、聖霊の助けをいただくことです。主よ、弱き僕を助けたまえ、と祈りつつ、歩んでまいりましょう。

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