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わたしを池の中に入れてくれる人がいない・・・(ヨハネ5章1〜9節)

先日の夕礼拝(女性会主催)に出席して学んだみ言葉はヨハネによる福音書5章1〜9節でした。主イエスが「ベトザダ」と呼ばれる池の回廊で出会った一人の人のことが記されていました。その人というのは、「三十八年も病気で苦しんでいる人」(5節)とありました。長い期間、病気で苦しんでいるというのはどれほどのことだろうか、と考えさせられました。私は半年近くの入院生活を経験しましたが、それよりもはるかに長い闘病生活です。想像もつきません。この人に主イエスは語られます。「良くなりたいのか」(6節)。この一言を受けて、彼はこう答えます。「主よ、水が動くとき、わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に降りて行くのです」(7節)。私はこの人の言葉を読んだとき、あまりの病による辛さで、思いが暗くなってしまい、あの人もこの人もだれも私を助けてくれない!とつぶやいている姿に「不信仰」という思いがよぎりました。それでは主イエスはそういう彼をどうされたのでしょうか?やはり、「不信仰」と言われたのでしょうか?「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい」(8節)。これが主が言われたことでした。病に苦しみ、その心の思いを打ち明けた一人の病人。その心をしっかりと受け止めてくださったのが主イエス・キリストでした。そして、その受け止めが彼を起き上がらせたのではないでしょうか?つぶやいても良いのです。でも空に向かってではなく、神に向かってつぶやいてみませんか。主はあなたの心を知ってくださる、受け止めてくださるのです。私を知っておられる!私の心の叫びを聴いておられる!そこから新しい一歩が始まります。

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