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共に苦しむ方(ヘブライ4章14〜16節)

「この大祭司は、わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、罪を犯されなかったが、あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われたのです。」(ヘブライ4章15節)
ここに記されていることはイエス・キリストは私たちの弱さに同情できない方ではない、ということです。なぜ、そのようなことが言えるのでしょうか。「罪を犯されなかったが、あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われた」とあります。イエス様は神の子、神様ですから、罪を犯すことはありませんでした。しかし、あらゆる点において、私たちと同じように試練に遭われた、というのです。
 ところで、この「同情できない方ではなく」ということ、別の日本語訳を見てみますと、「共に苦しむことのできない方ではなく」(岩波版・小林稔訳)となっています。イエス様は私たちと共に苦しんでくださるというのです。だから、私たちが苦しみにある時、それはイエス様も一緒に苦しんでおられるというのです。ヘブライ人への手紙2章17、18節にはこのようなことが記されています。
「それで、イエスは、神の御前において憐れみ深い、忠実な大祭司となって、民の罪を償うために、すべての点で兄弟たちと同じようにならねばならなかったのです。事実、御自身、試練を受けて苦しまれたからこそ、試練を受けている人たちを助けることがおできになるのです。」
私たちの苦しみは自分だけの苦しみなのではありません。私たちは、自分の苦しみなど、だれも分かってくれない、と思うことがあるかもしれません。でも、イエス様は知っておられる、分かっておられるのです。そのイエス様に慰めをいただいて、励ましをいただいて、歩んでいきましょう、生きていきましょう。

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