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【巻頭言】 和解−キリストにおいて、キリストの血によって−(エフェソ2章11〜22節)

「しかしあなたがたは、以前は遠く離れていたが、今や、キリスト・イエスにおいて、キリストの血によって近い者となったのです」(エフェソ2章13節)。神様、キリストとは何の関わりもない。そう思っていたときは神様から遠く離れていた、というのです。それが「今や、キリスト・イエスにおいて、キリストの血によって近い者となった」。神様から、キリストから、遠く離れていた、というのですから、私たちの方から、神様に、キリストに近づかなければならない、と普通なら考えると思います。ところが、ここに「キリスト・イエスにおいて、キリストの血によって」とあります。これはクリスマスの出来事から考えたらよいと思います。二千年ほど前にユダヤのベツレヘムで馬小屋の中に小さな赤ちゃんが生まれました。この赤ちゃんがイエス様であることは世界中の多くの人が知っています。そして、私たちはクリスマスをお祝いしますが、このクリスマスの出来事の意味、それはイエス・キリストの方から、私たちのところに来てくださった、近づいてくださった、ということです。
そして、「キリストの血によって」とありますが、この方は私たちのために十字架にかかってくださった、ということです。イエス様が十字架にかかってくださった。それも私たちのために十字架にかかってくださった、というのはどういうことなのか、十字架の意味がこの後に記されています(同2章14〜16節)。「御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し」(14節)、「十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました」(16節)とあります。敵対していた者たちがイエス・キリストの十字架によって和解させられた、ということが記されています。イエス・キリストの十字架、それは私たちが和解するための出来事だった、ということです。和解というのは、二つの面があることが示されています。一つは「神と和解させ」とありますように、私たちが神様と和解するということです。もう一つが「二つのものを一つにし」とありますように、敵意を持って対立していた者たちの和解ということです。イエス・キリストが神様と私たちの間を執り成してくださり、神様との関係、神様との関わりの中に生きることができるようにしてくださいました。そのイエス・キリストの執り成しはさらに私たちお互いの関係にも及ぶということなのです。

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