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【巻頭言】 2020年4月19日 教会の主を信じて(詩編127編1~5節)

主御自身が建ててくださるのでなければ/家を建てる人の労苦はむなしい。
主御自身が守ってくださるのでなければ/町を守る人が目覚めているのもむなしい。
(詩編127編1節)
この詩編の言葉は、よく結婚式の時に読まれる箇所でもあります。「家を建てる」ということが言われていて、建物の家ということで考えることができますが、家庭を築くということも考えることができます。それが「主御自身が建ててくださるのでなければ」というのです。神様が建ててくださるのでなければ、家を建てる人の労苦はむなしい、というのです。
「主御自身が建ててくださるのでなければ」。私なりにこの言葉を言い換えてみますと、これは、神様がお建てくださった!という信仰です。私が建てた。私の力で、私のお金で・・・。いいえ、神様がこの家を建ててくださった。そして、神様がこの家庭を築き上げてくださる、という信仰です。
家とか家庭のことをお話ししましたが、これは他のことでも考えることができるでしょう。私たちにとっては、教会のこともこのみ言葉から聴くことができると思います。1節の最初は「建てる」ということが言われていました。もう一つ言われているのは「守る」ということです。教会のこと、私たちのこと、それは神様が建ててくださる、神様が守ってくださる。もちろん、それらのことは私たちが何の努力もしない、犠牲を払わない、ということではありませんけれど、神様のみわざ、お働きによることなのです。
教会は神様が建ててくださる、守ってくださるということをおぼえたいと思います。主の晩餐式の時に一緒に唱える「教会の約束」の中にもこのような言葉があります。「教会は人によって成ったものではなく、神によって成ったものと信じます」。神様が建てて、作ってくださったのですから、教会という家の主人は神様です。教会は神様の家であることを忘れてはなりません。

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