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【礼拝説教】2022年7月24日「他者のための自由」

聖書―コリントの信徒への手紙一8章7~13節
(はじめに)
イエス・キリストを信じて生きるというのは、日常の生活の中で、普段の生活の中でもイエスさまの言葉に従うということです。日曜日の礼拝、教会学校だけが信仰生活なのではありません。お読みしましたコリントの信徒への手紙一を読むと、コリントの教会の人たちが日常の生活、普段の生活において、どのようにしてイエスさまに従っていけばよいのか、思い悩んだりしながら、歩んでいったことを想像します。
先週お読みしました聖書の言葉の中に、「知識は人を高ぶらせるが、愛は造り上げる」(1節)とありました。「高ぶる」という言葉は「膨らむ」という意味があります。自分を膨張させてしまう。増長させてしまう。知識というのは、そういうことを人にもたらすというのです。けれども、知識そのものが悪いというのではありません。自分には知識があると言って、他者に対して誇るところに問題があるのです。
一方、「愛は造り上げる」とありました。「造り上げる」という言葉は「建て上げる」、「建設する」という意味があります。愛は自分を建て上げる、他者を建て上げるのです。しかし、知識は必要ない。愛だけが必要なのだ、ということが言われているわけではありません。愛に根ざした知識が大事なのです。知識というのが、自分を誇るためではなく、他者を生かすため、他者のために用いられるものであるなら、それは自分を建て上げる、他者を建て上げる、そして、教会を建て上げるのです。

(聖書から)
今日はコリントの信徒への手紙一8章7節以下をお読みしました。「偶像に供えられた肉」の問題の続きです。当時、コリントの町では偶像に供えられた肉が市場に出回って売られ、それが食べられたりしたのですが、教会の中で、偶像に供えられた肉を食べてもよいのか、悪いのか、悩んでいた人たちがいました。その人たちというのは、キリストを信じる前は、偶像を信じていた人たちでした。しかし、今はキリストを信じている。そういう自分が偶像に供えられた肉を食べるというと、不信仰ということになりはしないだろうか?と悩んでいたのでした。
このことについては、今日お読みしました聖書箇所のすぐ前の4~6節に答えが出ていました。偶像の神というのは、実在しない。私たちの信じる神さまだけが唯一の神さまなのだ。だから、偶像に供えられた肉を食べても、信仰的に何ら問題がない。何も気にしないで、その肉を食べたらよい。しかし、パウロは7節以下では、このようなことを言っています。
8:7 しかし、この知識がだれにでもあるわけではありません。ある人たちは、今までの偶像になじんできた習慣にとらわれて、肉を食べる際に、それが偶像に供えられた肉だということが念頭から去らず、良心が弱いために汚されるのです。8:8 わたしたちを神のもとに導くのは、食物ではありません。食べないからといって、何かを失うわけではなく、食べたからといって、何かを得るわけではありません。8:9 ただ、あなたがたのこの自由な態度が、弱い人々を罪に誘うことにならないように、気をつけなさい。8:10 知識を持っているあなたが偶像の神殿で食事の席に着いているのを、だれかが見ると、その人は弱いのに、その良心が強められて、偶像に供えられたものを食べるようにならないだろうか。
パウロが語っている相手というのは、偶像に供えられた肉を食べても信仰的に問題がない。偶像の神というのは実在しないのだから。このことを理解していた人たちでした。パウロはその人たちに向かって、あなたがたは、自分たちがそのような知識を持ち、理解していたとしても、偶像に供えられた肉を食べてよいのか、悪いのか、と悩んでいる「弱い人々」のことを配慮するようにしなさい、考えるようにしなさい、と言っているのです。
この話の背景には、このようなこともあったようです。偶像に供えられた肉を食べても構わない、偶像の神など実際にはいないのだから。そのことを伝えても、以前、偶像礼拝をしていた人たちにとっては、それを食べること自体、偶像礼拝と同じことであると考えていたので、それを聞いた方は、キリストを信じていても、偶像礼拝を続けても構わないということなのだ。そんなふうに受け取ってしまった人たちがいたのです。
ここで「弱い人々」とありました。これは、信仰が弱い、ということです。信仰が未熟であるとか、成長していない、ということです。あるいは、神さまに対する信頼が弱い、ということです。神さまを信じて間もないため、まだ神さまという方がどのような方であるのか、よく知らないでいて、自分で神さまという方はこういう方なのだろう、と勝手に決めてしまったりしてしまう。
神さまという方を自分の家族関係から考える方がおられます。大変厳しい家庭に育った方は神さまという方もそれと同じように大変厳しい神さまと考えてしまうことがあります。いつも私を裁く神さま、いつも私を怒る神さまと考えてしまう。しかし、自分が考えるような神さまではなく、神さまという方はどのような方であるのか、私たちは聖書から学んでいくのです。そうするならば、神さまという方はどんなに愛の方であるか知らされていきます。
10節に「その人は弱いのに、その良心が強められて」とありました。先ほど、弱い、というのは、神さまに対する信頼が弱い、ということであると話しましたが、それはまだ神さまのことをよく知らないからです。けれども、神さまを知れば知るほど、神さまこそは信頼すべきお方であることが分かってきます。そして、神さまと私という関係が確立していきます。しかし、まだ弱い状態なのに、良心が強められてしまう。これはどういうことを言っているのでしょうか?
「良心が強められて」という言葉を別の訳で見てみますと、「後押しされて」(新改訳2017)と訳されていました。後押しされて、というと、誰かに強いられて、という意味になります。すると、「その人は弱いのに、その良心が強められて」というのは、その人の心、内面の部分は弱いのに、外側から強く後押しされて、強いられて、ということになります。
福音は素晴らしいものです。私たちは積極的に福音を宣べ伝えていきたいと思います。また主を信じる一人一人の信仰の成長を願っていきたいと思います。しかし、この後押しする、強いる、ということについては気をつけなければなりません。
11節をお読みします。
8:11 そうなると、あなたの知識によって、弱い人が滅びてしまいます。その兄弟のためにもキリストが死んでくださったのです。
ここでパウロは偶像に供えた肉を食べるか食べないか、そのことよりも大事なことがあることを示します。それは「その兄弟のためにもキリストが死んでくださった」ということです。最も大事なこと、それはキリストが私のために、あなたのために死んでくださった、ということです。あの人に、この人に、福音を伝えてやろう、教えてやろう・・・。そういう熱心さも良いですが、それ以上に大事なことは、自分が福音を伝えようとしているあの人のためにも、教えようとしているあの人のためにも、イエスさまが死んでくださった。イエスさまはその一人一人が罪から救われ、永遠の命に生きるために、ご自分の命をささげて愛してくださった、ということです。私たちが後押しするよりも、強いるよりも、その人がイエスさまに愛されていることをおぼえ、そして、その人自身がイエスさまに出会っていくように。イエスさまとの関係に生きることができるように。そのことを祈る者でありたいと思うのです。

(むすび)
今日の説教題は「他者のための自由」としました。これは9節の言葉から取りました。9節には「ただ、あなたがたのこの自由な態度が、弱い人々を罪に誘うことにならないように、気をつけなさい」とありました。「自由な態度」、これは偶像に供えられた肉を食べるということです。私は何ものにも縛られていない。偶像などいないし、食べても構わない。私は自由なのだ。これが「自由な態度」です。しかし、パウロは13節でこう言っています。
8:12 このようにあなたがたが、兄弟たちに対して罪を犯し、彼らの弱い良心を傷つけるのは、キリストに対して罪を犯すことなのです。8:13 それだから、食物のことがわたしの兄弟をつまずかせるくらいなら、兄弟をつまずかせないために、わたしは今後決して肉を口にしません。
その自由を、弱さをおぼえる人たちのために私は用いると言っています。偶像に供えられた肉を食べることがその人たちの躓きになるくらいなら、私はその人たちを躓かせないために肉を食べません、と言っています。「愛は造り上げる」。パウロは自分自身がイエスさまの愛によって生かされ、造り上げられた恵みを知っていました。だからこのようなことが言えたのです。私を生かし、私を造り上げてくださった方に倣って、この私も他者を生かし、他者を造り上げるために歩んでいく。私たちもイエスさまに倣って、パウロに倣って、そのように歩んでいきたいと思います。お祈りいたしましょう。

祈り
恵み深い主なる神さま
パウロは「その兄弟のためにもキリストが死んでくださった」と語りました。私のために、あの人のために、この人のために主はご自分の命をささげて愛してくださいました。
私たちが伝えること、分かち合うことはそのことです。そして、これこそが私たちが知るべき真の知識です。この知識、主の愛を知るということから、すべてのことを行う者でありますように、私たちを導いてください。
私たちの救い主イエス・キリストのみ名によってお祈りします。 アーメン

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