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【週報巻頭言】2022年8月28日  あなたがたの天の父をあがめるようになるため(マタイ5章13~16節)

あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。(マタイ5章16節)

イエスは再び言われた。「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。」(ヨハネ8章12節)

イエスさまはご自分のことを「世の光」と言われました。私たちに与えられている光、それはイエスさまのことです。イエスさまという光を人々の前に輝かす、という役割が私たちに与えられているのです。ではどのようにして輝かせるのか、というと、「人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるため」(マタイ5章16節)とありました。立派な行いです。「よいおこない」(口語訳)、美しい行いとも訳すことができる言葉です。立派な行い、善い行い、美しい行いをしましょう、というと、何か道徳の教科書のような話になってしまいます。ではこの立派な行いとは何でしょうか。それは光であるイエスさまに従うということです。イエスさまに倣って生きるということです。

立派な行いをする。その目的は何でしょうか。ここにはこのように語られていました。「人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるため」。天の父というのは、神さまのことです。人々が神さまを崇めるようになるため、神さまを礼拝するようになるため。それが立派な行いの目的です。この目的を私たちは間違えてしまうことがあります。人々が私の立派な行いを見て、私を崇めるようになるため。私の信仰、私の奉仕・・・。それを見て、私が崇められるように。これは目的が間違っています。イエスさまが言われたことから離れています。私が、ではなく、神さまが崇められるように、神さまが礼拝されるために。それが、私たちがイエスさまの言葉から聞く神さまの目的です。

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