真理を知っている人(二ヨハネ1~6節) 【週報巻頭言】2025年11月9日
長老のわたしから、選ばれた婦人とその子たちへ。わたしは、あなたがたを真に愛しています。わたしばかりでなく、真理を知っている人はすべて、あなたがたを愛しています。(ヨハネの手紙二1節)
「わたしは、あなたがたを真に愛しています」とあります。この言葉から、心から愛していることが分かります。また、この「真に愛しています」という言葉は、別の訳の聖書では、「真理の内に愛しています」(聖書協会共同訳)と訳されています。そして、「わたしばかりでなく、真理を知っている人はすべて、あなたがたを愛しています」と続いて書かれています。
ここに「真理」という言葉が出てきました。真理とは何でしょうか?私の手元にある国語辞典で調べてみますと、「本当の事。間違いでない道理。正当な知識内容」(岩波国語辞典第五版)とありました。日本語の真理というのは、今言ったような意味ですが、この聖書に出てくる真理とは何でしょうか?それは、一般的な意味の真理ではありません。神さまの真理ということです。神さまの真理について、ある先生は、このように説明しています。
「イエス・キリストによって現された神の真実。・・・知恵のない者に知恵を授け、愛の足りない者に十字架の主を見上げさせ、失いかけた愛をみことばの語りかけによって再び燃え立たせてくださる神の導きの真実」(遠藤勝信牧師)。
私たちも、神さまの真理を知りました。イエス・キリストが、この私のために十字架にかかって死んでくださった。私たちは、神さまの前には一人の罪人に過ぎませんが、イエスさまが私たちのすべての罪をご自分がお受けくださいました。イエスさまが十字架におかかりになったのは、私たちを罪から救うためだったのです。十字架の出来事を通して、神さまは私たちにご自分の愛を示されたのです。神さまの真理、それは、イエス・キリストの愛であり、イエス・キリストご自身のことです。
イエスさまがお示しくださった十字架の出来事。私たちは、神さまが、この私をご自分の命をささげてまでして愛してくださった。神さまの愛を知らされたのです。ですから、「真理を知っている人」とは、十字架の愛を、神さまの愛を知っている人ということです。真理を知る私たち、神さまの愛を知る私たちは、神さまの愛に生きる者として歩んでまいりましょう。
この記事へのコメントはありません。