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神を知るということ(ヨハネ1章18節)

「神を知るためにはどうしたらいいのでしょうか?」という問いを受けることがあります。ある人は自然を眺めている時、神の存在を感じると言います。確かに自然の中に過ごしている時、神様の創造のわざの素晴らしさを知ることもあるでしょう。しかし、私たちが自然とか、世の中の事象から神を知るという時、それは私たちが思い描く神に他なりません。ともすると、そういう神は偶像の神となるでしょう。
今、教会学校ではヨハネによる福音書を学んでいます。この書の1章18節にはこのような言葉が記されています。「いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである」。聖書を開くことなく、すなわち、神の言葉に聴くことをせず、自然や世の中の事象のみを見聞きして神を知ることはできないのです。聖書の証言から私たちは神を知るのです。この箇所には「父のふところにいる独り子である神、この方が神を示された」とありました。「父のふところにいる独り子である神」とはだれのことでしょうか?イエス・キリストです。イエス・キリストを知ることが神を知るということなのです。
私たちは聖書から神を知ります。しかし、それでも完全に神を知っているわけではありません。私たちの聖書の理解も知識も不完全であり、部分的です。そういう私たちですが、神は聖書から、そして、私たちとの人格的出会いをもってご自身をお示しくださいます。まだまだ分からないことだらけの私たちですが、生涯かけて、日々、神に問い、尋ねていくのです。また神も私たちに問いかけられます。神を知ることは自分自身を知ることでもあるのです。

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