神から知られている(ガラテヤ4章1〜11節)
「しかし、今は神を知っている、いや、むしろ神から知られているのに」(ガラテヤ4章9節)。
神様を知っている私たち。でも、まだまだ知らないことだらけです。生涯かけて、神様を知っていきたいと思います。しかし、パウロはここで言い直しています。それは神様を知ることは大事なことだけれども、もっと大事なことがある。それは、この私が神様を知っている以上に、神様はこの私を知っておられる、ということです。神様から知られている私!私は神様から知られている、この言葉を読んだ時にこんなことを思いました。この私は私自身のことをどれだけ知っているか?自分が一番自分のことを知っている、分かっているかというと、そうではありません。人間関係などで問題になるのはそういう部分だと思います。自分で自分のことが分かっていないのに分かったつもりでいる。自分を客観的に見ることは大事です。自己点検、自己吟味ということでしょうか。自分の知らない自分自身。そのすべてを神様はご存じです。その神様の前に立ち、本当の自分を知る。そこから、真の悔い改めが起こってくるのです。
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