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神の家を建てる(ヘブライ3章1〜6節)

モーセが神の家全体の中で忠実であったように、イエスは、御自身を立てた方に忠実であられました。家を建てる人が家そのものよりも尊ばれるように、イエスはモーセより大きな栄光を受けるにふさわしい者とされました。どんな家でもだれかが造るわけです。万物を造られたのは神なのです。(ヘブライ3章2〜4節)
「モーセが神の家全体の中で忠実であった」とありました。「神の家」、それは何でしょうか?神様の家族、神様の家庭ということです。そして、モーセにとっては神様の家族というのはイスラエルの民のことでした。モーセはイスラエルの民の一人でしたが、その指導者とされました。イスラエルの民のために仕え、励みました。一方、イエス様については、「イエスは、御自身を立てた方に忠実であられました」とあり、さらに「家を建てる人が家そのものよりも尊ばれるように」、「万物を造られたのは神」ともあります。神様の家、家族を造られたのは神様であるということが言われています。モーセは神様の家族に忠実であったが、イエス様はその神様の家族を建てられた、造られた方、神様に忠実であった、と言われています。
家族を形成する、建てるのはだれでしょうか。おそらく多くの人は家族というのは、その家族の一員で形成されると考えると思います。しかし、それに対して、聖書はそれとは違うことを教えています。
主御自身が建ててくださるのでなければ/家を建てる人の労苦はむなしい。(詩編127編1節)
「主御自身が建ててくださるのでなければ」とあります。目に見えるところで考えますと、家庭というのは家族の人たちで構成され、形成されていくわけです。しかし、聖書は私たちの家庭を建ててくださるのは神様なのだ、というのです。教会というのは、先ほどのイスラエルの民と同じく、神様の家族です。教会も神様が建ててくださる。ですから、私たちは教会を建ててくださる方である神様の言葉に聴き、従い、歩むのです。神様の言葉が教会を建てる、私たちを建てるのです。

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