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【週報巻頭言】2022年5月22日 悔い改めにふさわしい実を結べ(マタイ3章1~12節)

「斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。わたしは、悔い改めに導くために、あなたたちに水で洗礼(バプテスマ)を授けているが、わたしの後から来る方は、わたしよりも優れておられる。わたしは、その履物をお脱がせする値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼(バプテスマ)をお授けになる。そして、手に箕を持って、脱穀場を隅々まできれいにし、麦を集めて倉に入れ、殻を消えることのない火で焼き払われる。」(マタイ3章10~12節)

ここには、ヨハネの後に来る方について語られています。バプテスマのヨハネは水でバプテスマを授けていました。しかし、その方は聖霊と火でバプテスマを授けられると言います。ここには、バプテスマのことを水のバプテスマと聖霊と火のバプテスマと言って、二つのバプテスマがあるような話をしているように思えます。水のバプテスマ、それはヨハネが「わたしは、悔い改めに導くために、あなたたちに水で洗礼(バプテスマ)を授けている」と言ったように、悔い改めに導くバプテスマです。では聖霊と火のバプテスマとは何でしょう。10節に「良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる」とあり、12節に「火で焼き払われる」とあります。神さまの目にふさわしくないなら、火で焼き払われてしまう、裁かれてしまう、ということでしょうか?そうだとすると、大変恐ろしいことです。

私たちは、受難週、イースターとイエスさまの十字架と復活の聖書の箇所を聞いてきました。イエスさまがなぜ、十字架におかかりになったのか?それは私たちのためにご自身が火に投げ込まれるためでした。私たちのためにご自身が火で焼かれるためでした。イエスさまは、私たちを罪から救うためにご自分がすべての罪を担い、裁きを受けてくださいました。

「悔い改めにふさわしい実を結べ」とヨハネは語りました。悔い改め、元々の言葉からの意味は、向きを変えよ、という意味です。イエスさまの方を向きなさい。イエスさまが私たちにしてくださった救いの恵みを見なさい。それが悔い改めです。イエスさまを見つめて生きる。そこから、私たちの新しい生き方が始まるのです。イエスさまを信じる、クリスチャンになる、というのは、そういうことです。新たにイエスさまを見つめて生きる人がありますようにお祈りいたします。

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