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【礼拝説教】2023年5月7日「求めなさい」

2023年5月 7日(日)(朝・夕)赤塚教会礼拝説教「求めなさい」マタイによる福音書7章7~14節

聖書―マタイによる福音書7章7~14節
(はじめに)
 「求めなさい」。今日の聖書の言葉は、こういう言葉から始まっています。7節の言葉を読んでみます。
7:7 「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。
 求めなさい、探しなさい、門をたたきなさい、とあります。この言葉を読むと、私が思い起こすもう一つの聖書の言葉があります。それは、こういう言葉です(フィリピ4章6、7節)。
4:6 どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。4:7 そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。
 「思い煩うのはやめなさい」とあります。思い煩う。ここで使われている「煩う」という言葉、悩んだり、心配したりする、という意味です。私たちの人生には、いろいろな思い煩い、悩み事、心配事があります。健康のこと、生活のこと、家庭や仕事、学校のこと、考えれば、考えるほど、思い煩いが出てきます。ここには、「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい」とありました。どんなことでも、何でも、思い煩うのはやめなさい、というのです。そうはいっても、私たちは、思い煩ってしまう者です。
 そういう私たちに、この聖書の言葉は、このように語ります。「何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい」。どんなことでも、何でも、神さまに打ち明けなさい、というのです。私たちの心の中にある悩んでいることや心配していることを何でも神さまに打ち明けてみなさい、というのです。
 どうやって、打ち明けるのでしょうか?それは、お祈りする、ということです。あなたの心にあること、何でも神さまにお祈りしてみなさい。ある人は、「神さまにどんなことを祈ったらいいでしょうか?」と言われました。私は、「神さまは、どんなことでも聞いておられます。だから、どんなことでも祈ったらいいんですよ」、と答えました。
 お祈りというのは、私たちが神さまに自分のお願いを申し上げることです。でもそれだけではありません。今お読みしました聖書の後半には、こういうことが書いてありました。「そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう」。これは、どういうことかというと、神さまは、私たちに、大切なことを教えてくださいます、ということです。
 もう一度言います。私たちは、神さまに何でも求めていることをお祈りしたらいいのです。神さまは私たちの心の中のすべてを知っていてくださいます。そして、神さまは、私たちの祈りを聞いてくださり、私たちに本当に必要なこと、大切なことを教えてくださるのです。そうすると、私から神さまへ、というだけではなく、神さまから私へ、というふうに、一方通行ではなくて、私と神さまの両方でやり取りが、キャッチボールがなされていきます。そのようにして、私たちは神さまと会話をしていくのです。
 新しい年度が始まりました。お仕事、学校、いろいろなところで、新しい出会いがあると思います。この人はどんな人だろうか?そう思っているだけでは、その人のことは分かりません。まずはお話ししてみることです。そうしたら、少しずつ、どんな人か、分かってきます。神さまも同じです。まずは、神さまにお祈りしてみることです。そして、神さまの言葉を聞いてみることです。神さまと会話をするためには、神さまにお祈りする。そして、神さまの言葉が書いてある聖書の言葉を読んでみることです。そうしたら、少しずつ、神さまのことが分かってきます。神さまにお祈りすること、神さまの言葉を聞くことで、神さまのことを知っていきましょう。神さまと親しくなっていきましょう。

(聖書から)
 今日の聖書の言葉に戻ります。求めなさい、探しなさい、門をたたきなさい、とイエスさまは言われました。その後、イエスさまはこう言われました。
7:8 だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。
 求める人は、求めているものを受けます。探す人は、探しているものを見つけます。門をたたく人は、門が開かれます、と言われました。この言葉を聞くと、本当だろうか?と疑う方がいるかもしれません。イエスさまは、続いて、このようなことも言われました。
7:9 あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子供に、石を与えるだろうか。7:10 魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。
 パンを欲しがる自分の子供に、石を与える人はいますか?魚を欲しがる自分の子供に、蛇を与える人はいますか?そんな人はいません。パンとか、魚というのは、食べ物のこと、また生きるために必要なもののことです。親は、子供に、生きるために必要なものを与えます。
7:11 このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして、あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださるにちがいない。
 ここに、「あなたがたは悪い者でありながらも」とありました。「悪い者」とは何でしょうか?私たち人間のことです。私たち人間は、神さまの前には、完全に正しいとは言えない者、不完全な者です。そういう私たちですが、私たちが親だったら、自分の子供には、子供にとって、良い物を与えようとします。そうであるならば、神さまは、私たちが考えているものよりもはるかに良い物を与えてくださる、ということです。
 私が子供の頃、テレビアニメのロボットのキャラクターがとても人気がありました。そのキャラクターのおもちゃで超合金のロボットというのがありました。私はそれがとても欲しかったのですが、買ってもらえませんでした。それで、そのおもちゃを持っている友だちの家に遊びに行っては、触らせてもらいました。私の親は、超合金は買ってくれませんでしたが、本はよく買ってくれました。後になって振り返ってみると、超合金で遊ぶのも楽しかったと思いますが、子供時代に読んだ本は、自分の心や考えを養ってくれた、と思います。それはいつまでも心に残る大切なものだったと思います。このように、子供が欲しいと思うものと親が良いと思うもので違う場合があります。自分では、これが良いと思っていても、親の目から見ると、それよりももっと良いものがあります。私たちと神さまとの関係でも、同じことが言えると思います。
 私たちは何でも神さまに求めて祈ってもよいと思います。けれども、自分が求めているものが、本当に良いもの、良いことなのか、そのことを神さまに聞いてみることは大事です。今は、自分はこうだ、としか、思えない。でも、後になってみて、この方が良かった、これで良かった、と思える日が来るかもしれません。私たちと神さまとの関係は、生きた関係です。祈りながら、つまり、神さまとの会話をしながら、本当に良いこと、良いものを求めていきたいと思うのです。
 12節には、黄金律、ゴールデンルールと言われる聖書の言葉が書かれています。
7:12 だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である。」
 ここに書かれていることを、先ほどの聖書の言葉の続きとして、理解していくならば、「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」というのは、神さまが私たちに良いものを与えてくださるように、私たちも、人々に良いものを与える、ということになると思います。神さまが私たちに与えてくださった最も良いものとは何でしょうか?それは、神さまの救いです。ですから、私たちが神さまの救いを人々に分かち合っていくことがここで言われていることではないでしょうか。

(むすび)
 13節からお読みします。
7:13 「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。7:14 しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。」
 「狭い門から入りなさい」。何か、予備校の標語にでもなりそうな言葉です。受験生は、狭い門と言われる学校を目指して、勉強していると思います。この聖書の言葉が言っている「狭い門」というのは、何かというと、14節にありますように、「命に通じる門」ということです。神さまが与えてくださる永遠の命に通じる門です。それを、なぜ、「狭い門」というのでしょうか?
 ここで言われている「狭い門」というのは、14節に「それを見いだす者は少ない」とありますように、人々が見いだすことの少ないことを意味しています。人々が見いだそうとしない、関心を持たない・・・。神さまは、人々が命の門、救いに入ることができないように、わざわざ狭くしているのではないのです。私たち人間の側で、見いだそうとしない、関心を持たないのです。
 イエスさまは、救いの言葉、福音が世の中では、どのように見られているのか、その現実を語られました。人々は、見いだそうとしない、関心を持たない。けれども、その門から入りなさい、その道を歩みなさい。そこに救いがあるから。イエスさまは、そう言われたのです。でも、この救いを受け入れた、福音を信じた私たちはどうでしょうか?これがどんなに素晴らしいものかを知っているのではないでしょうか。だから、人々が、これを見いだすことができるように、関心を持つことができるように、そのためにどうしたらよいだろうか、と苦心しながら、福音宣教に励んでいるのではないでしょうか。私たちを本当に養い、生かすもの、救いの言葉、福音を一人でも多くの人が見いだしてくださるように、出会ってくださるように、私たちは祈り求めていきましょう、伝え続けていきましょう。

祈り
恵み深い主なる神さま
 求めなさい、探しなさい、門をたたきなさい、とイエスさまは言われました。神さまは私たちに良いものを与えてくださる方です。私たちが今まで求めてきたものはどんなものだったでしょうか?神さまにお祈りしていく中で、神さまの言葉を聞いていく中で、本当に求めるべきものは何か、本当に良いものは何か、神さまは私たちに教えてくださいます。
 私たちが、神さまが与えてくださる良いもの、命に通じる門、道へと導かれたことを感謝します。一人でも多くの方が、それを見いだし、関心を持つことができますように。救い主に出会い、新しい人生を歩むことができますように導いてください。
私たちの救い主イエス・キリストのみ名によってお祈りします。 アーメン

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