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「仕える者」、「へりくだる者」として来られた方(マタイ23章1~12節) 【週報巻頭言】2026年7月5日

宴会では上座、会堂では上席に座ることを好み、また、広場で挨拶されたり、『先生』と呼ばれたりすることを好む。だが、あなたがたは『先生』と呼ばれてはならない。あなたがたの師は一人だけで、あとは皆兄弟なのだ。また、地上の者を『父』と呼んではならない。あなたがたの父は天の父おひとりだけだ。『教師』と呼ばれてもいけない。あなたがたの教師はキリスト一人だけである。(マタイ23章6~10節)

イエスさまは、「あなたがたの師は一人だけ」、「あなたがたの父は天の父おひとりだけ」、「あなたがたの教師はキリスト一人だけ」と言われました。真の師、真の父、真の教師は、神さまただお一人です。それに対して、自分は、神さまの前に立つ時、何も知らない、分からない、不完全な、弱い者であること。そういう自分が神さまに愛され、赦され、大切な存在として生かされていることをおぼえたいと思います。

あなたがたのうちでいちばん偉い人は、仕える者になりなさい。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。(マタイ23章11、12節)

「仕える者」、「へりくだる者」とは誰のことでしょうか?「仕える者」、「へりくだる者」、それは、イエスさまのことです。イエスさまは、私たちの救い主、神さまです。しかし、イエスさまは、仕える者として、へりくだる者としてこの世においでになりました。フィリピの信徒への手紙には、イエスさまのことがこのように書かれています。

キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、 へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。(フィリピ2章6~8節)

私たちの救い主は、仕える者として、へりくだる者として歩まれました。私たちは、イエスさまの後に従って、イエスさまに倣って歩んでまいりましょう。

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