ARCHIVE

アーカイブ

  1. HOME
  2. ブログ
  3. メッセージ
  4. 備えて生きる(マタイ24章32~51節) 【週報巻頭言】2026年10月4日
聖書の画像 板橋の教会

備えて生きる(マタイ24章32~51節) 【週報巻頭言】2026年10月4日

主人がその家の使用人たちの上に立てて、時間どおり彼らに食事を与えさせることにした忠実で賢い僕は、いったいだれであろうか。 主人が帰って来たとき、言われたとおりにしているのを見られる僕は幸いである。はっきり言っておくが、主人は彼に全財産を管理させるにちがいない。(マタイ24章45~47節)

このたとえ話で、忠実で賢い僕というのは、「主人がその家の使用人たちの上に立てて、時間どおり彼らに食事を与えさせることにした忠実で賢い僕」、「主人が帰って来たとき、言われたとおりにしているのを見られる僕」ということですが、それはいつでも私たちの主人、主である神さまの言葉を信頼し、それに忠実に従って生きるということです。それが、いつ主がおいでになっても良いように、備えて生きる生き方です。

ある牧師先生は、目を覚ましていなさい、と言われても、主が再び来られるということを日々、意識して歩むように、と言われても、何か漠然としていて、なかなか難しいことだと言われました。そこで、その先生は、こう考えることにしたのだそうです。それは、自分の地上における人生の終わりを意識して歩むということです。生きている間、自分ができることは何だろうか。そういうことを考えながら日々を歩んでいるというのです。すると、今まで以上に、一日一日を大切に生きるようになった、自分の生き方が整えられていった、と言われました。私たちも神さまから与えられた命を祈りながら、み言葉に聴きながら、一日一日を大切に歩んでいきたいと思います。

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。

関連記事

記事一覧
カテゴリー
アーカイブ
月を選択