神の国はあなたがたの間にある(ルカ17章20〜37節)
「 しかし、人の子はまず必ず、多くの苦しみを受け、今の時代の者たちから排斥されることになっている」(25節)。
ここで「人の子」というのはイエス様のことです。イエス様がおいでになってどのような歩みをされたかが示されています。「多くの苦しみを受け、今の時代の者たちから排斥される」。イエス様は神の子、救い主としておいでになりましたが、多くの苦しみをお受けになり、その時代の人たちから排斥されました。そして、最期は十字架におかかりになりました。
「自分の命を生かそうと努める者は、それを失い、それを失う者は、かえって保つのである」(33節)。
この33節の言葉は分かるようで分からない、難しい言葉かもしれません。どういう意味か理解することも難しいかもしれません。しかし、イエス様のご生涯を思い起こしていただくと、理解できると思います。イエス様は私たちを救うためにこの世においでになりました。そして、私たちのためにご自分の命をささげられました。私たちのために生きられ、私たちのために死なれました。そのことがこの言葉が言っていることです。神様を愛し、隣人を愛された。イエス様こそはそのような方でした。そして、私たちも主の歩まれた道に従って生きる時、命を保つ、永遠の命に生きる者とされるのです。
神の国はいつ来るのか、という問いに対して、イエス様が答えられたのがこの聖書の言葉(ルカ17章20〜37節)でした。いつ、どこで、と問うのではなく、今、イエス様はおいでになった。イエス様は私たちの間におられる、イエス様は私たちと共におられる。そのことを信じ、イエス様の語られる言葉に日々従っていくのです。神の国はいつ来るのか、どこにあるのか、ではなく、今、あなたがたは神の国を生きていきなさい。イエス様はそのことを私たちに語っておられるのではないでしょうか。
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