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主を賛美する人生(創世記9章18〜29節)

創世記9章18節以下ではぶどう酒で酔い、天幕の中で裸になっていたノアに対しての息子たちの振る舞いが記されていました。酔いからさめたノアはこのようなことを言っています。印象的なのは息子のハム、その子供、子孫カナンについて、「カナンは呪われよ」(25節)とありますが、セムたちについては「セムの神、主をたたえよ」(26節)と言われていることです。セムが、ヤフェトがたたえられよ、ではありません。人間賛美ではないのです。セムの神、主をたたえよ、とノアは神様を賛美しています。ノアは天幕で醜態を晒しましたが、セムとヤフェトの愛の振る舞いを通して、神様の愛と赦しを感謝したのかもしれません。ノアは神様を賛美する、神様を礼拝する生涯を生きた人でした。ノアの物語の最初に記されていたノアの紹介、「ノアは神に従う無垢な人であった。ノアは神と共に歩んだ」(6章9節)、この言葉は最後まで覆らなかったと私は信じています。
私たちも神様の愛と赦しを信じ、受け入れたならば、その後、どんなに自分の罪深さ、弱さをおぼえることがあっても、神様の愛と赦しは変わらないことを信じていきたいと思います。私たちは自分の罪深さを知れば知るほど、弱さを知れば知るほど、神様の愛と赦しがどんなに大きなものであるかを知らされていくのです。そして、だからこそ、私たちは日々、悔い改めていきることができるのです。悔い改めとは自分の方に向いていた生き方を神様の方に向いて生きることです。すぐにあっちに、こっちに向いてしまう私たちですが、日々、神様に向き直って生きるのです。日々、悔い改めて、日々、新たに生きる。それが覆われた者、罪赦された者の歩みです。

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