古い革袋から新しい革袋へ(マタイ9章14~17節)【週報巻頭言】2023年10月22日
だれも、織りたての布から布切れを取って、古い服に継ぎを当てたりはしない。新しい布切れが服を引き裂き、破れはいっそうひどくなるからだ。新しいぶどう酒を古い革袋に入れる者はいない。そんなことをすれば、革袋は破れ、ぶどう酒は流れ出て、革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。そうすれば、両方とも長もちする。(マタイ9章16、17節)
古い革袋、この聖書の個所では、ファリサイ派の信仰とか、バプテスマのヨハネの弟子たちの信仰と考えることができますが、私たちのことで考えますと、イエスさまを知る前の、イエスさまを信じる前の私たちの生き方、価値観ということになるでしょう。私たちは、イエスさまを信じた、と言っても、私たち自身が日々、変わらなければならない、新しくならなければならないのです。
私たちは、自分自身が古い革袋から新しい革袋にならなければならない、自分自身が変わらなければならないのです。しかし、それは自分の努力ではできません。どうしたら、変わることができるのか、新しくなれるのかというと、日々、イエスさまに出会うこと、イエスさまの愛に触れることです。教会生活で大事なこととして、聖書を読むとか、祈るということが勧められますが、それもイエスさまに出会うため、イエスさまの愛を知るためなのです。そして、そのことによって、イエスさまによって、私たちは変えられていくのです、新しくされていくのです。今日も、明日も、イエスさまと一緒に歩んでいきましょう。
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