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イエスは涙を流された(ヨハネ11章32〜44節)

「イエスは涙を流された」(35節)。この短い言葉に主イエスの愛を知ります。マリアとマルタの姉妹にとって、愛する兄弟ラザロの死はどんなに悲しいことであったか、主はそのことを受け止められたのです。このイエス様の様子を見ていた人たちもこう言っています。「御覧なさい、どんなにラザロを愛しておられたことか」(36節)。
人々も主イエスの涙に心打たれたようです。ラザロを愛しておられたイエス様。しかし、ここで一つ気になることがあります。それはこの人々がこのように言っていることです。「どんなにラザロを愛しておられたことか」。イエス様のラザロへの愛はこの言葉を読むとお分かりのように過去のこととなっています。「愛しておられた」。イエス様がラザロを愛しておられたのは確かなことと思います。しかし、イエス様はラザロを愛しておられた、のではなく、今も愛しておられるのです。
これは私たちにとっても同じではないかと思います。私たちも愛する家族のことを今も愛しているのではないでしょうか。いいえ、私の愛するあの人は、あの子はもういない。だから、愛していた、でいいのだ、と言われる方があるかもしれません。けれども、私はイエス様がラザロを愛しておられた、ではなく、今も愛しておられる、と信じています。イエス様は私たちの愛する家族のこともやはり、今も愛しておられる、と信じています。イエス様の愛は、神様の愛は過去のこと、過去形ではないのです。今も、そして、永遠に続く愛なのです。

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