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主イエス・キリストを身にまといなさい(ローマ13章8〜14節)

聖書の教えの中心は、神様を愛すること、そして、隣人、他人を愛することです。それは言葉では簡単なように思えますが、実際には、難しいものです。しかし、愛そう、愛していこう、その動機づけというものがあります。それは自分が愛されている、ということを知ることです。自分が愛されていることを知ったら、それは嬉しいことですから、愛されている私も愛そう、愛していこう。そういう思いに導かれていくのです。皆さん、神様を愛しましょう!隣人を愛しましょう!そう言われても、それができないことを知らされるばかりです。何て、自分は愛がないのだ。そういうことばかりに気づかされます。でもあなたは愛されている!このことを知ったら、生き方が変わるのです。
 神様に愛されている私、神様に大切な者とされている私。毎週、教会へ通う。日々の聖書の言葉に聴き、祈る。そのことについて、ある方は、身づくろいをし直しに来ているのだ、と言われます。世のただ中に生きている私たち。疲れをおぼえます。いろいろな問題、課題を抱えます。不安、心配があります。愛とは真逆のことを見たり聞いたりします。そういう私たちが神様の前に出る。そして、神様は私たちを変わることなく、愛しておられることを知る。まさに心の身づくろいです。
 12節にはこういう言葉がありました。「夜は更け、日は近づいた。だから、闇の行いを脱ぎ捨てて光の武具を身に着けましょう」。14節にはこういう言葉がありました。「主イエス・キリストを身にまといなさい」。身に着ける、身にまとう。愛の負債だらけの私たちです。でも、そういう私たちに光の武具を身に着けよ!イエス・キリストを身にまとえ!と言われる。私たちがまずすること、それは受けるということです。何を受けるのでしょうか?イエス様の愛を受け入れることです。そして、実はそこからしか、信仰は始まらないのです。愛するとか、赦すとか、それはイエス様の愛を受けて始まることなのです。自分が愛されていることを知る。自分が赦されていること知る。そこからすべてが始まるのです。

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