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小さい者のひとり(マタイ25章31〜46節)

「はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」(マタイ25章40節)。最も小さい者とはだれのことでしょうか?世の中で小さくされている人たち、貧しい人たち、虐げられている人たち・・・。そういう人たちと考えても間違いではないと思います。けれども、もう一つのことを忘れてはならないと思います。それは私たち自身のことです。私たちは神様の前に立つ時、小さな者です。愛においてもそうです。本当に愛の乏しい者です。神様から「お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれた」(同35、36節)。こんなこと、言われるはずはないだろうと思えるような小さな者です。でも、そういう小さな私の小さな愛を神様は見ておられる。こんなこと、人に自慢できるほどのことではない、だれでもやっているような、特別素晴らしいとも思えないような、そういう一つ一つのことも神様は見ておられる。そして、その小さなことを神様は喜んでおられる・・・。
 私のすること、行なうことは小さなことかもしれない。でも、神様はご存じ。私ができることは人に誇るようなことでも自慢できることでもないけれど、神様に愛され、救われた喜び、感謝から。ある方は私が行なう、私がする、というではなく、神様によってさせていただいている、ということを忘れないように心掛けています、と言われました。愛のわざにおいても小さな私たちですが、まず、神様の愛と恵みを受け止めて、そこからすべてを始めていきましょう。

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