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【週報巻頭言】2020年9月20日 君は愛するため生まれた(詩編2編1~12節)

「すべての王よ、今や目覚めよ。地を治める者よ、諭しを受けよ」(詩編2編10節)。このすべての王とか、地を治める者というのは、この世の王や地を治める者のことだけでなく、身近なところで王や支配者になってしまう私たちのことでもあるのです。「目覚めよ」という言葉は「賢くあれ」(口語訳)、「悟れ」(聖書協会共同訳)とも訳されます。本当のことを知るように、そういう意味で理解したらよいでしょうか。神さまの教えてくださる本当の知恵、真理、それは私たちには聖書から語られます。ですから、聖書から神さまの言葉を聞いて生きることが言われているのです。

「畏れ敬って、主に仕え/おののきつつ、喜び躍れ。子に口づけせよ」(同11節)と続きます。ここで言われていることは神さまに対する態度です。神さまを畏れ敬うこと、神さまに仕えること、またおののきつつ、喜び躍るとか、子に口づけするというのは、神さまへの賛美、礼拝を意味しています。

命令形で語られているこれらのこと、神さまの言葉を聞く、仕える、賛美する、礼拝するということは、神さまが私たちに求めておられることなのです。そして、これらのことは私たちが神さまを愛することを表す行為なのです。私は神さまを愛します。私にとって神さまは大切な方です。そのことを言葉や生き方で表すのです。韓国の教会でよく歌われたワーシップソングに「君は愛されるため生まれた」という賛美がありました。この賛美が示していることは、私たちは神さまに愛されるため生まれた、ということです。そういう私たち、神さまに愛されている私たちは愛するために生まれた者でもあるのです。神さまに愛されている私たちは神さまを愛するために、隣人を愛するために生きるのです。

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