平和を生きる者に(詩編37編1~11節) 【週報巻頭言】2026年9月20日
貧しい人は地を継ぎ/豊かな平和に自らをゆだねるであろう。(詩編37編11節)
「貧しい人」とあります。聖書協会共同訳では「苦しむ人」、文語訳では「謙(へりくだ)るもの」と訳されていました。貧しさにある人、苦しみにある人は、自分の無力さ、弱さを知らされ、本当に信頼すべきお方を信頼する者となるのです。イエスさまはこの言葉から、山上の説教を語られたと言われています。
柔和な人々は、幸いである、/その人たちは地を受け継ぐ。(マタイ5章5節)
「柔和な人々」、これは「へりくだった人々」(聖書協会共同訳)とも訳されます。自分の貧しさを知り、苦しみの中で自分の弱さを知る人は、神さまの前にへりくだり、神さまを信頼するのです。その人は地を受け継ぐ。神さまがその人をこの地で生かしてくださるのです。
「豊かな平和に自らをゆだねる」とありました。私たちは平和を求めて祈ります。具体的には、戦争のない、争いのない世界を願って祈ります。戦争がなぜ起きるのか、争いがなぜ起きるのかというと、自分の正義が原因なのではないでしょうか。自分は正しい。自分の国は正しい。でもあの人が、あの国が悪い、間違っているといって裁いてしまう。しかし、私たちが聖書から知ることは、神さまの前には正しい者はいない(ローマ3章)ということです。私たちは誰もが不完全な者であり、罪人なのです。しかし、それだけではありません。私たちは神さまから愛された者、赦された者なのです。そのことをおぼえて、互いに罪を告白し合い(ヤコブ5章16節)、赦し合い、愛し合う。それが平和を生きるということではないでしょうか。神さまとの平和、お互いの平和を求めていきましょう。
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